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鉄永倫子先生(当院における疼痛治療-トリガーポイント注射を中心に)

本ページは、疼痛治療現場でご活躍中の実臨床医からの
最新レポート(疼痛治療レポート)の抜粋です。
本項は、日本整形外科学会専門医、ロコモアドバイスドクターであり、
岡山大学病院運動器疼痛センター副センター長である鉄永倫子先生のお話を掲載しています。

2022年4月、総合診療専門研修プログラム整備基準※は一部改訂され、適宜更新されています。本基準は、2017年7月より示され、それ以降研修カリキュラムの中で、総合診療の現場で遭遇する一般的な症候及び疾患への評価及び治療に必要な治療手技の経験が必要とされ、その経験すべき治療手技として、疼痛治療の一つである「トリガーポイント注射」が明記されています。疼痛治療専門医以外の医師も「トリガーポイント注射」手技習得が求められる時代になりました。

※一般財団法人 日本専門医機構(https://jmsb.or.jp/

岡山大学病院 運動器疼痛センター 副センター長 鉄永倫子先生 から

医師に必要なのは医学についての知識と技術です。レッドフラッグを除外した圧痛点のある筋肉由来の痛みに対して、「トリガーポイント注射」は第一選択となります。その手技の習得と実施には準備として解剖の知識は必須で、気胸を避けるために「肺までの距離」等、把握しておく必要があります。次に重要なことは、コミュニケーションです。処置を受ける患者さんは緊張しています。まずは声をかけ、うまくコミュニケーションをとってお互いリラックスした中で手技が行えるように心がけましょう。基本技術を身につけるにはよい指導医の下で数をこなすことが一番です。本資材の活用が望まれます。

疼痛疾患の診断のための重要なポイント

疼痛疾患の診断のための重要なポイント正確な病態把握のための詳細な問診、視診、触診が必要です。

問診

痛みの強さ、部位、性質、パターン、経過、日内変動増強・軽減因子、心理状態、睡眠、運動習慣、既往歴、アレルギー歴、成育歴・家族歴など
※患者さんが痛みを的確に表現することは難しいので表1のオノマトペを参考に確認する。

視診

姿勢の異常、歩行障害、浮腫、筋委縮など
※診察室の入室から着席までの姿勢、歩行を確認する。

触診

圧痛点、筋緊張、冷感・熱感など
※患者さんとコミュニケーションを取りながら、痛い部位を指し示してもらい、その周辺を触診し、圧痛点を探る。

トリガーポイント注射が対象となる疾患

筋肉に痛みの原因となるトリガーポイントが存在するとき、治療の対象となります。多くの患者さんは、痛い部位(圧痛点)を明確に指し示すことができます。一方、体動時痛が激しくある場合、骨折の可能性があり、この場合、痛みの範囲が広い傾向にあります。このような重篤な脊椎疾患(腫瘍、感染、骨折など)の合併を疑うred flag sign(危険信号:表2)を除外した急性痛(ぎっくり腰、腰椎椎間板ヘルニアなど)および慢性痛(筋・筋膜性腰痛症、変形性脊椎症、仙腸関節性疼痛など)が対象となります。

トリガーポイント注射の実際①

トリガーポイント注射は、局所麻酔薬または局所麻酔薬を主剤とする薬剤をトリガーポイントに注射することで、トリガーポイントを消失させる手技です。それによってトリガーポイントが原因で発生した痛みが軽減します。

仕様薬液・注射針

  • ネオビタカイン® 注シリンジ5mL 単独で使用します。(写真1)薬液量は、1 箇所0.5-2.5mL、合計5mL までを基本とし、肩・腰等複数個所投与の場合であっても8 箇所、10mLまでとしています。
  • 基本、細くて短い26G 13mm針(皮内針)を使用します。この針を使用している限り、気胸の心配はありません。また、患者さんが刺入時痛を訴えることも、ほとんどありません。腰等深い位置を狙う場合は、23G 25mm針を使用します(写真2)。

参考1 カラーコード一覧

注射針には、太さに応じたカラーコードが定めてられいます。単位はG(ゲージ)で示され、細くなるにつれてGの値は大きくなります。注射針のカラーコードは国際標準化機構(ISO)規格で決まっています(表3)。メーカーが異なっても同じカラーコードであれば同一の太さになります。

参考2

気胸を避けるための解剖(肺までの距離)超音波診断装置を用いて皮膚表面から胸膜までの距離を測定した結果、背部脊柱起立筋に相当する部位の第1~9肋間までの範囲では、男性は第5、女性は第7肋間付近で最小値を示す傾向が認められ、第7肋間での最小値は19mmでした(図2)。

トリガーポイント注射の実際②

手順

問診により患者さんが指し示す痛いところの周辺を平面診法(図3)により触診し、索状硬結(トリガーポイント)を探しながら、痛みを尋ねます。(写真3)

トリガーポイントが触診できたら、その点を中心にアルコールで消毒を行います。(写真4)このとき、感染予防の観点から、医療従事者側の消毒も重要になります。触診の前後、処置する前後でアルコールによる手指消毒を行うことが基本となります。

参考3

  • 消毒液の塗布方法は図4を参照ください。基本的には、穿刺部を中心として消毒を開始して、円を描くように外側へ塗布します。外側から中心には戻さないのがポイントです。これを隙間のないように2回しっかり行います。
  • ポピドンヨードは、殺菌効果が出るまで2分程度かかるので、基本的に短時間(10秒程度)で効果が出るアルコールを使用しています。注意点としてアルコールは刺激性があるため健常皮膚への使用となります。
  • 針を刺入する際は垂直に速く刺し、トリガーポイントに針先が到達したら、血液の逆流がないことを確認し注入します(写真5)。注入後、ゆっくり針を抜きます。
  • ガーゼで圧迫止血後、注射パッドを貼ります。出血・皮下血腫は圧迫止血で対応します。
  • 注射後は安静に保ち、院内に15分以上は留まってもらい、その日の入浴を制限する必要はありません。

薬液による合併症の予防と対策

①局所麻酔薬中毒

  • 即時型:血管内への直接注入による急速吸収で、注入直後にいきなり痙攣、中枢神経系の抑制が起こります。
  • 遅延型:注入5~30分後に症状が発現します。めまい、不安、悪心、嘔吐、血圧上昇をきたし、最終的に全身痙攣を起こします。痙攣が継続すると、呼吸運動が阻害され、チアノーゼを起こします。さらに中枢神経系の抑制により、意識消失、呼吸停止、ショックに至ります。
〈予防〉

頭頸部など血流が多い場所は局所麻酔薬が吸収されやすいため、注意を要します。

〈対策〉

投与中止し、すぐに応援を呼び、静脈路確保、バイタルサインの確認、高濃度酸素投与を開始します。痙攣が起きたら、ベンゾジアゼピンの分割静脈内投与(ミタゾラム0.1mg/kg)を行います。意識障害、呼吸抑制が起こったら、気道確保、換気を行います。循環抑制が起こったら、静脈路より輸液、昇圧薬を用いてショックに対する治療を開始します。循環停止が起こったら、すぐに心肺蘇生を開始します。痙攣、意識障害、呼吸・循環抑制、心肺停止が見られるときは、上記の治療に並行して、脂肪乳剤の投与をすみやかに行います。

アナフィラキシーショック

  • アレルギー反応は注射後短時間で、浮腫、呼吸困難、著明な皮膚発赤、低血圧を来します。循環虚脱状態になるとアナフィラキシーショックとなります。
〈予防〉

薬剤に対する既往歴、家族歴を聴取する。皮内テストを考慮する。

〈対策〉

投与中止し、すぐに応援を呼び、静脈路確保、バイタルサインの確認、高濃度酸素投与を開始します。

呼吸症状:喘鳴、嗄声が発生した場合、アドレナリン1回0.3㎎皮下注もしくは筋注を5-10分ごと、症状が回復するまで繰り返します。また、ステロイド、抗ヒスタミン薬点滴静注を行います。

循環器症状:血圧低下、意識障害を起こした場合は、急速輸液を行います。収縮期血圧90mmHg以上を目標に、生食5-10mL/㎏点滴静注を5分継続後、リンゲル液に変更して大量投与します。

患者教育

打つ時の声かけは重要で、痛みが増す表現である「痛いですよ」「チクッとしますよ」とは言わず、「今からお薬が入りますよ」「楽になりますよ」と工夫しています。
注射を嫌がる患者さんには患者指導箋「痛みとトリガーポイント注射のはなし」を渡し、読んできてもらうことで、次回の実施率が上がっています。
トリガーポイント注射で痛みを軽減し、運動療法で身体を動かすことで、痛みのブレーキ機能の強化を少しずつ進めています。また、筋肉量を測定することで自分の頑張りが見える化し、筋肉量が増えると楽になることを理解しやすく、モチベーションUPにも繋がります。

Expert Message

鉄永倫子先生からトリガーポイント注射をされる先生方へのメッセージです。

これからトリガーポイント注射を始める方へ

  • 急性痛から慢性痛に移行させないトリガーポイント注射の介入は、なるべく数回、集中的に実施しています。
  • 急性痛だけでなく、慢性痛であったとしても、圧痛点があれば、トリガーポイント注射を実施します。痛みの悪循環を遮断することで、少しでも痛みの軽減に繋がれば、良い循環をまわすきっかけになると考えています。
  • トリガーポイント注射は、どこの外勤先に行っても、特別な機器も必要ないことから、非常に簡便であり、研修医の先生方が疼痛治療の中でまず習得すべき手技であると考えています。 

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