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本ページは、疼痛治療現場でご活躍中の実臨床医からの最新レポートです。
本項は、MPS 治療の第一選択であるトリガーポイント注射に造詣の深い
杉原 泰洋 先生(すぎはら整形外科 院長 新潟県)のお話を掲載しています。
19 世紀の初頭、Froriepは、患者さんが痛みを訴えている筋肉に触れると痛みを感じる索状の硬結を認め、筋肉に痛みの原因があることを指摘しました。その後、筋肉の硬結に対して筋線維症(myofibrosis)、筋硬症(myogerosis)などの用語がつくられるようになりました。1938年に、Kellgenが身体のさまざまな筋肉に高張食塩水を注射すると、特徴的なパターンで離れた場所に痛みが現われることを発見し、それを関連痛とよび、痛みの原因と痛みを感じる場所が違うということを実証しました。
1952年になって、Travellらは、棘下筋に針刺激を行ってその関連痛のパターンを観察し、この時はじめて、原因として筋・筋膜性(myofascial)という言葉を用いました。さらに1983年、Travell、Simmonsらは、「筋・筋膜性疼痛と機能障害・トリガーポイントマニュアル」という表題で初めてトリガーポイントに関する書物を出版しました。その中で、痛みの原因は、骨や関節の構造上の変形や神経の圧迫ではなく、筋肉の硬結にあると結論づけました。その後、Travellは、故ケネディ大統領の腰痛治療に携わり、ホワイトハウス付きの医師となったこともあり、トリガーポイントが世に広く知られるようになりました。
・長時間同じ姿勢を続けていたり、ある筋肉を繰り返し使用したりしたとき。
・特定の筋肉に、急激な負担をかけたとき。
・薬物もしくは全身状態などで出血傾向が認められない患者
・精神的なストレスが、長時間続いたとき。
最初、片側にしかなかったトリガーポイントは、時間が経過することで、対称性に出現することがよくあります。また、運動した後の筋肉痛と異なり、トリガーポイントによるし・・・こりは、簡単には消えず、数ヶ月以上にわたって残ることがあります。未治療のまま放置していると、隣接する筋肉や同調して動く筋肉にも、新たなトリガーポイントが生じ、症状が悪化していくことも多く見られます。
・0.1%ジブカイン塩酸塩配合剤(ネオビタカイン®注シリンジ2mL・5mL)
・1%メピバカインまたは1%リドカイン
・針を刺入するとき、27G針で行えば、ほとんど痛みを感じることはありません。
・痛みが強い場合は、ステロイド(デキサメタゾン1.65〜3.3mg)を併用すると効果が増強します。
*糖尿病や免疫機能低下例には注意が必要。
・殿部の注射では、皮下脂肪が厚いため、母指で十分押し込んで注射しないと、筋膜下まで届かないことがあります。
・刺入時、ピクッと筋肉の収縮(局所性単収縮)が見られたら、ピンポイントでトリガーポイントに当たった証拠で確実に果が得られます(たとえ局所性単収縮が見られなくても十分な効果が現れます)。
*殿部などは、皮下脂肪が厚いため、母指で圧迫して注射すると良い。
頸部の筋肉のトラブルは、重労働をしている人より、むしろ事務系に多い傾向があります。それは、筋肉を使いすぎることが原因ではなく、精神的な緊張や同じ姿勢を保持することが原因になっていることが多いからです。
上部僧帽筋で最も多い症状は、肩こりと頭痛です。頭痛は耳介後部やこめかみ周辺が多く、めまいや吐き気などを伴うこともよくあります。下部僧帽筋では、肩甲骨内縁周辺の痛みとして感じることが多いです。
頸部から肩にかけての上部僧帽筋は、盛り上がっているので触れやすく、ゴリゴリとしたロープ状のしこりを見つけやすいです。下部僧帽筋は、肩甲骨内縁に沿って軽く圧迫していくと、小さなしこりとともに、圧痛を感じる箇所が見つかりやすいです。
しこりを指で押すと、動くのがわかります。
どちらか一方に寄せて固定するか、二本の指で挟んで固定して注射します。
【注入量/注射針】
1ヵ所につき、1.0~2.0mLを27G 25mm注射針で行います。
【患者の体位】
基本的に坐位で行います。
【その他注意点】
肩甲骨の内縁に注射する場合、やせ型の患者では、針を深く刺入すると肺までの距離が近いため、気胸を起こす可能性がありますので、注意が必要です。
肩の筋肉にトラブルがあると、ズボンを上げたり、髪をとかしたり、棚の上にあるものに手が届かなくなったり、いわゆる五十肩のような症状が現れます。五十肩の大半は、関節包の癒着はなく、肩関節の筋肉のトリガーポイントが原因で動かせなくなっているだけのことが多いのです。実際の診療では、トリガーポイント注射と原因筋のストレッチ指導をすることがほとんどです。
厚い僧帽筋の下に隠れていて、てこの原理で腕を外転させる働きがあります。例えば、腕を長時間頭上に上げたまま仕事をしたり、肘を着けずにキーボードを打ち続けたりすることで、この筋肉を疲弊させてトリガーポイントを形成することが多いです。結果として、肩の可動域の低下につながり、棘下筋とともに五十肩の原因となります。
最も多い症状は、肩の外側に出現する痛みです。肩の外側が痛いからと、三角筋に対して湿布やマッサージをしがちです。ひどくなると、痛みが上肢の橈とうそく側全体に関連痛を引き起こし、夜間寝ている時など、痛くて目が覚めることがあります。
肩甲棘の上にある肩甲上窩という窪みに収まっているため、触れやすいです。また、固い骨の上にあるため、圧迫すると容易に痛みを訴え、特定しやすいです。
【注入量/注射針】
1ヵ所につき、1.0~2.0mLを27G 25mm注射針で行います。
【患者の体位】
基本的に坐位で行います。
【その他注意点】
肩より腕にかけて痛みが出現する場合、棘上筋か棘下筋を疑います。しかし、棘上筋は、僧帽筋の下にあるため、筋肉質の患者さんでは、押し方が足りないと、圧痛点を見いだせないことがあります。その場合、肩甲上窩を強めに押すことをお勧めします。
棘下筋は、肩を動かす際に、上腕骨頭を関節窩に固定する役目があります。何かと酷使され、身体の中で最もダメージを受けやすい筋肉です。この筋肉による症状が出ていない場合でも、潜在性トリガーポイントが存在していることが多いです。
棘下筋の関連痛の特徴は、筋肉が背中側にありながら、関連痛は肩の前面に出現することです。そのため、二頭筋腱炎や腱板炎と誤診されることがあります。悪化すると上肢全体にかけて痛みやシビレが出現し、夜間寝ている姿勢によっては、痛みで目が覚めることがあります。また、放置することで、前腕(伸筋側)に新たにトリガーポイントを生じさせ、手にまで痛みが現れます。
棘上筋と同様に、肩甲骨に張り付いている筋肉なので、軽く押すだけで圧痛を得られやすいです。棘下筋のトリガーポイントの多くは、上部に見られます。棘下筋の下部のトリガーポイントは腕に関連痛を発生しやすい特徴があります。
【注入量/注射針】
1ヵ所につき、1.0~2.0mLを27G 25mm注射針で行います。
【患者の体位】
基本的に坐位で行います。
【その他注意点】
この筋肉は、しこりを触れやすいのですが、身体で最も酷使される筋肉のため、症状を出していない潜在性トリガーポイントがしばしば複数見つかります。圧痛点に注射しても、効果が現れないことがありますので、迷った場合は、1mLで十分ですので、複数のしこりに注射すると良いでしょう。
腰痛がある場合、腰部の筋肉に原因があると考えがちですが、その多くは殿筋にあるトリガーポイントが原因で生じています。他の疾患との鑑別を目的とするものでなければ、通常X線検査は不要です。実際、大部分の腰痛は、これら筋・筋膜性腰痛であることが多いのです。
中殿筋は、大殿筋の半分の大きさですが、厚くて強力な筋肉で、歩行時に身体が傾かないように働きます。腰痛の原因筋のトップであり、殿部の筋肉でありながら、別名、腰痛筋とも呼ばれています。ぎっくり腰などで急に動けなくなる場合、まずこの筋肉を疑います。重量物を持つことよりも、同じ姿勢を続けていることによりトリガーポイントが形成されることの方が多いです。
骨盤の少し上のあたりの痛みを訴えることが最も多く、この部位に湿布を貼って来院する患者さんをよく見かけます。また、股関節の前面、大腿部の外側、後面にも関連痛が見られることが多いです。
腸骨稜に沿って、中殿筋を端から探っていくと、しこりを触れることがよくあります。しこりに触れても、痛みを訴えない場合は、まだ症状を出していない潜在性トリガーポイントの可能性もありますので、必ず痛みを訴えるしこりを探すようにします。
【注入量/注射針】
1ヵ所につき、2.0~2.5mLを27G 25mm注射針で行います。
【患者の体位】
基本的に腹臥位で行います。
【その他注意点】
トリガーポイント注射に慣れていない場合、腰方形筋と中殿筋の二ヵ所に注射すると良いでしょう。また、殿部のように皮下脂肪や筋肉が厚いために、しこりが触れにくい場合、圧痛の一番強い場所に注射すると良いでしょう。母指で強く押し込んで実施します。
小殿筋は大殿筋、中殿筋の下にあり、中殿筋と同様に歩行でも股関節の安定に関与しています。中殿筋に形成されたトリガーポイントを長時間放置すると、次第に小殿筋に痛みの症状を併発し、治療が必要になります。
他の殿筋と異なり、最も遠い部位まで関連痛が発生します。典型的な症状として、坐骨神経痛のような下肢痛やシビレが現れます。別名、神経痛筋と呼ばれています。ひどくなると、足を引きずりながら歩いたり、夜間に痛みで目を覚ましたりするようになります。椎間板ヘルニアとの鑑別が必要になりますが、反射が正常であることや、知覚鈍麻がないこと、SLRテスト※で誘発される痛みの場合は、殿部の痛みだけで下肢痛は出現しないことで鑑別できます。鑑別が難しい場合は、侵襲の少ないトリガーポイント注射を一度試みても良いでしょう。
※ SLRテスト(Straight Leg Raising test:下肢伸展挙上テスト):下位腰椎の椎間板ヘルニアに対する最も重要な疼痛誘発テストである。(中略)正常では70°以上まで疼痛なしに挙上可能である。70°未満の角度で坐骨神経に沿った疼痛が誘発された場合は陽性とする。陽性の場合にはL4-L5 またはL5-S 椎間板ヘルニア(坐骨神経領域)が強く疑われる。
小殿筋は、中殿筋のさらに奥の層にあるため、触知しただけでは、中殿筋との違いは分かりません。ただ、中殿筋のトリガーポイントは腸骨稜に沿って見つかることが多いのに対し、小殿筋のトリガーポイントは、それよりも下の腸骨稜と大腿骨大転子を結んだ線の真ん中あたりにしこりとして見つかりやすい傾向にあります。
【注入量/注射針】
1ヵ所につき、2.0~2.5mLを27G 25mm注射針で行います。
【患者の体位】
基本的に腹臥位で行います。
【その他注意点】
腰痛を放置することで、関連痛としての下肢の痛みやシビレがときどき出現します。すると、前脛骨筋やヒラメ筋などに痛みが生じることで、その部位にトリガーポイントを形成します。その結果、筋肉の短縮が筋力や可動域の低下をきたし、ヘルニアなどの麻痺と見誤ることがあります。トリガーポイントが原因であれば、その部位へ注射することで筋力や可動域は回復します。
・局所麻酔薬アレルギーの既往がある患者さんには使用できません。
・施行後に一過性の筋力低下(特に下肢)が現れることがあります(通常、1時間程度で回復します)。
・吸引テストを行わないと、血管内に注入されることがあります。
・トリガーポイント注射の頻度については、毎日行うと習慣になることがあり、出血などで硬結になることがあります。1週間に1回程度の頻度が望ましいです。
・頸部の場合、血管内に注入されると、めまい、嘔吐、痙攣を引き起こすことがあります。
・抗凝固薬服用中、殿部の場合、まれに巨大血腫が生じることがあるため、止血を十分に確認します。
・治療直後に症状が消失することもありますが、トリガーポイントに刺入されていれば、数分後から効果が現れ、通常2〜3日は効果が持続します。
・急性痛の場合、通常3日ほど間隔を空けて、2〜3回の治療で軽快します。
・慢性痛の場合、数回の施行が必要で、症状が再発したらその都度実施します。
*再発を繰り返す場合は、精神的なストレスが原因になっていることがあります。
杉原泰洋先生からトリガーポイント注射をされる先生方へのメッセージです。
私たちは自分の状況を主観的に判断する傾向にあります。難治性の疼痛患者さんは、しばしば強いストレスを受けていたり、うつ状態に陥っていたりします。悲観的になることにより、認知の歪みが生じ、現実以上に状況を悪化させています。認知行動療法の目的は、このような患者さん自身の考えが、現実の世界とどれだけ食い違っているのかを理解してもらうことにより、思考のバランスをとり、症状を改善させることにあります。
難治性の疼痛患者さんでは、いくつもトリガーポイントが見つかることが多々あります。ストレスはトリガーポイントを増加させ、再発率を高める傾向があるようです。そのような患者さんに対して当院では、認知行動療法を取り入れて、治療効果を上げるように努めています。
週2~3回の割合で来院されることが多い頑固なトリガーポイントを有する患者さんには、その都度、生活行動を聞き出すことにより、患者さん自身が気づいていない生活上改善すべき点を理解して頂き、負のスパイラルから抜け出せるように、トリガーポイント注射と認知行動療法を組み合わせた治療を試みています。
トリガーポイント注射は、手技に慣れてくると、より高い効果が得られるため、その使用頻度も増してきます。ネオビタカイン®注シリンジは、針を付けるだけで準備の手間が省け、投薬準備に要する作業時間も短縮されます。また、目盛りが付いているため、数ヵ所に分けて打つ際には便利です。
医学部を卒業しても、トリガーポイントについて学ぶ機会は、まずありません。筋肉は運動機能としての役割は重視されていますが、痛みなどの感覚器官としては軽視される傾向にあるように思います。また、神経による痛みに比べると、筋肉が原因の痛みは軽視される傾向にあるようにも思います。トリガーポイントの治療には、X線やMRIなどの検査や高度な手術も必要ないため、関心が薄いのかもしれません。しかし、神経痛と思われる症状の中には、トリガーポイントが原因となっている症状もかなり多く含まれています。
トリガーポイント注射は比較的簡単な治療法です。私はトリガーポイント注射については誰に教わったこともなく、開業してから必要に迫られて習得してきましたので、どなたでも習得できると思っています。これを機会に、患者さんの満足度が高いトリガーポイント注射を、日常診療する機会の多い疼痛治療にお役立て頂ければ幸いです。
トリガーポイントについての基礎的な理解から一般的な治療方法まで幅広い情報を掲載しています。初めて学習される方からご専門の先生まで、是非ご一読いただけますと幸いです。
すぎはら整形外科 杉原 泰洋 先生の手技動画集です。
トリガーポイント注射の対象となる筋肉は非常に多く存在します。治療頻度が特に高い部位、筋肉について解説しています。
トリガーポイント注射に使われる薬液について解説し、トリガーポイント注射の作用機序を説明します。
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