日本国内の医療機関にお勤めの医師・薬剤師などの医療関係者を対象に、医療用医薬品を適正にご使用いただくための情報を提供しています。
一般の方および国外の医療関係者に対する情報提供を目的としたものではありませんのでご了承ください。
対象の職種を選択して下さい
本ページは、疼痛治療現場でご活躍中の実臨床医からの最新レポートです。
本項は日本リハビリテーション医学会特任理事であり京都府立医科大学リハビリテーション
医学教室教授の三上靖夫先生と高生会リハビリテーションクリニック院長の高謙一郎先生により
「運動器リハビリテーションにおける疼痛管理」について対談いただいたお話を掲載しています。
「運動器」とは骨・関節・筋肉・神経などの身体を支えたり動かしたりする組織・器官の総称です。「運動器」に関する疾患・障害・病態として、変形性関節症、腰痛症、関節リウマチ、肩こり、骨折、スポーツ障害、サルコペニア、ロコモティブシンドロームなどがあります。「運動器」の疾患は仕事や日常生活の動作、スポーツ動作を困難にし、私たちの生活の質を低下させる大きな一因となります。
「運動器リハビリテーション」の目的は、運動器疾患を持つ人々が「日常的に活動できる状態」にすることです。そのために、運動療法(筋力強化やストレッチなど)や物理療法、装具療法などを用い身体機能を改善させます。「運動器リハビリテーション」は運動器に障害を持つ人々の活動を育み、日常生活の質の向上・維持のために重要な役割を担っています。
【主な対象疾患】
変形性関節症、関節リウマチ、五十肩、靭帯損傷、腱板断裂、反復性肩関節脱臼、野球肩・肘、大腿骨近位部骨折、膝半月板損傷、足関節捻挫、変形性脊椎症、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、脊椎圧迫骨折、など
運動療法は、運動器リハビリテーションの基本です。筋力、持久力、関節可動域などの機能を改善させ、起立や歩行などの日常生活での活動、家事や買い物などの家庭での活動、そして就労やスポーツなどの社会活動を可能にする重要な治療手段になります。運動療法には、下記のような種類があります。
※ロコモーショントレーニング 筋力の強化と身体の柔軟性の獲得は、運動器の機能回復・向上・維持だけでなく、運動器の疼痛を改善させます。通常、物理療法や注射を含む薬物療法などを併用して行われることが多くあります。
運動療法とは「患者さんが自分自身の身体を使い、能動的および他動的に行う運動によって、患者さんの有する障害を改善させ、さらに機能を上げる治療手段」と定義されています。その目的は、弱った筋肉を強化し、筋肉や靭帯、関節などの軟部組織の柔軟性を改善することにあります。引き締まってしなやかに動き、力強い筋肉をつくることが目標です。
安全管理
医師の管理下で、基礎疾患として転移性骨腫瘍、感染症、骨折などの「red flags」、適応外である急性痛を除外し、実施にあたっては、日本リハビリテーション医学会が作成した「リハビリテーション医療における安全管理・推進のためのガイドライン」の中止基準に従い、リスクマネージメントが必要です。
主な運動療法として、体幹筋力増強訓練、関節可動域訓練(ストレッチ)、特異的運動療法(McKenzie法)を紹介します。
体幹筋力増強訓練
腹筋・背筋の筋力増強訓練を示します。
関節可動域訓練
伸張している筋肉、手法を示します。
【理学療法士によるストレッチ】
【セルフストレッチ】
a、b、c:大腿後面筋および下腿後面筋、d:臀部筋
特異的運動療法(McKenzie 法)
e、f. 足底部の筋力強化(床に敷いたタオルを指の力でたぐり寄せる運動)
三上:運動器リハビリテーションが疼痛管理に役に立つという点について話をしたいと思います。高先生いかがでしょうか?
高:運動器リハビリテーションは、「運動療法」が中心になりますが、「痛みがあるときは安静にする。」という以前からの考え方は最近変わりつつあり、ある程度痛みがあっても安静や固定よりもむしろ運動した方がいいという考え方になっています。私の施設では運動器リハビリテーションを、医師主導で理学療法士が中心に行っていますが、実際に運動療法によって痛みが軽減することを実感しています。一方、痛みがあって運動療法ができない患者さんには、「薬物療法」や「物理療法」で疼痛を管理するということは重要な位置づけになっています。
三上:運動器の疼痛にはさまざまな原因があります。そのなかで、運動療法が疼痛の改善に有効なものとして、「筋力強化」と「柔軟性の向上」があげられると思います。体幹や四肢の「筋力低下」があると、脊柱や関節の支持力が低下して安定性が保てなくなることが疼痛の原因となります。このような場合は筋力強化訓練が必要です。また、肩こりが高じると痛みを伴うように、「柔軟性の低下」も疼痛の原因と考えます。このような状態では、ストレッチが重要になると思います。このあたりは、いかがでしょうか?
高:四肢、体幹の筋力が衰えると関節の大小を問わず、すべての関節に負担がかかってくるので、当然痛みの原因になります。また、血流が滞ると乳酸などが溜まって痛みを感じるようになるので、身体を動かすことが大事ですね。また、関節を動かさないと軟骨に十分栄養が行き届かなくなり、運動をさせると痛みの軽減に繋がるといった実例もあります。
三上:50歳代以降、急速に筋量は低下します。これは普通に生活しているだけでは加齢に伴い筋肉がどんどん落ちていくことを意味します。筋力の低下は疼痛の発生に繋がることから、運動療法は運動器の疼痛を予防するためにも非常に重要と考えます。
高:そうですね。運動療法はある程度時間をかけて継続して取り組む必要があります。一方で、患者さんが運動療法を止めてしまう要因はやはり「疼痛」ですね。特に高齢になると、痛みをとにかく取ってくれればいいとの思いで来られる方が多いです。そうすると、痛みのために、運動療法に対するモチベーションが上がらず、運動療法が疼痛の軽減に有効であることを実感する前に止めてしまうこともありますね。
三上:そのような場合は、最初に痛みを取ることも運動療法を行う上で重要になりますね。
「運動療法」を単独で行うのではなく、注射を含めた「薬物療法」や運動の直前にホットパックなどの「物理療法」を取り入れるなど、複数の手段を組み合わせることで、コンプライアンスをよくすることも重要ですね。
三上:まず痛みを取らないと、患者さんの苦痛も軽減しないし、運動療法にも繋がっていきません。その中でトリガーポイント注射は有効なツールだと思いますが、先生はどのようにお考えでしょうか?
高:高齢者が運動療法をあまり積極的に行えない理由として、痛みを伴うことが考えられます。そこで、トリガーポイント注射を用いています。私の施設では、トリガーポイント注射の対象のほとんどが、高齢者です。トリガーポイント注射で実際に痛みが軽減すると、運動療法に対するモチベーションが上がり、続けて受けようという意欲が増し治療がスムーズに行えます。
三上:トリガーポイント注射の目的は筋肉に原因がある疼痛を取り除くことです。それに加え、運動療法の阻害因子である疼痛を取り除くことで、運動療法のスムーズな導入を促し、継続に貢献すると考えています。また、疼痛の軽減をその場で確認することができますので、引き続き運動療法を促せることも利点だと思います。
三上:次に、トリガーポイント注射の適応について伺います。高先生は、どんな疾患、病態に対しトリガーポイント注射を使われますか。
高:私の施設で多いのは、腰痛、坐骨神経痛ですね。腰痛が主体のときは腰部に、下肢のしびれや痛みを伴うときは臀部にトリガーポイント注射をします。あとは、肩こりや肩関節周囲炎などにもよく行います。
三上:トリガーポイント注射は比較的安全に行え、患者さん満足度も高いのが利点ですね。
高:トリガーポイント注射と運動器リハビリテーションは、同時算定ができるため、トリガーポイント注射が疼痛管理における有用なツールと考えます。
三上:運動療法は重要ですが、外来で患者さんに「自宅で自主的にやりましょう」と説明をしても、自宅では、なかなか取り組んでもらえないですね。次に受診したときに確認しても、「やっている」と胸を張って言う患者さんは少ないですね。患者教育はいろいろ難しいところですが、開業医として長い経験を持っておられる高先生はどのように取り組んでおられますでしょうか?
高:やはり最も苦労するのは、患者さんに自宅で運動療法に取り組んでもらうことですね。医療保険下の外来での運動器リハビリテーションにせよ、介護保険下の通所リハビリテーションにせよ、施設内で運動療法を行うときは、集団でやっているとみんなの目もあるし、頑張らないといけないなって気持ちになります。
また、高齢者用のトレーニングマシンを用いるのも一つの方法と思います。その日の結果を記録して数字を出すことで、運動療法に対するモチベーションを高めるようにしています。一方、患者さんの自宅での運動療法へのモチベーションを上げるのは、非常に難しいです。まず、なぜ自宅でやらなければならないのかを説明し、理解を得る必要があります。
三上:動機付けですね。
高:私の施設では、静脈の血流が悪くて『足のむくみ』を訴える高齢者が多いです。そのむくみを取る方法として、運動療法の指導を行っています。例えば、「椅子に座ってちょっと足あげて、足首を動かし、あるいは、貧乏ゆすりみたいに足踏みをしたら、きっとそのむくみも取れるからやってみてね」と指導します。このように、患者さん自身が悩んでいることに絡ませて、運動療法の動機付けを行い、指導する工夫をしています。
三上:運動療法は、理学療法士の管理下で行うかどうかで、その効果に明らかな差が出るとの報告があります。実際、自宅で患者さんが運動療法を正しく行うのは簡単ではないですね。先ほどの高先生のお話のとおり、まず、なぜ運動療法が必要なのか、どんな効果が運動療法にあるのか、理解を得る必要があります。1回だけの説明では十分ではないことが多く、繰り返しお話をすることも必要であり、パンフレットの配布だけでは効果は期待できません。
大学病院では、通院でのリハビリテーション訓練を行っていませんので、患者教育が非常に重要です。時間がない中でも、その場でやってみせて、さらに一緒にやってもらうことが重要と考えています。経験上、そこまでやってもなかなかやってもらえないですね。しかし、受診のたびに繰り返し反復指導を続けていくと、少しずつやってもらえるようになります。正しい方法を理解し、実践してもらえるまで粘り強く患者さんに寄り添っていくことが大切です。
高:私の施設では、診療時間の中で詳しく説明するのは時間的制約があり、外来で行う運動器リハビリテーションはすべて理学療法士が実施しています。その際に、理学療法士のほうから患者さんのモチベーションを上げるために個々にあったプログラムを説明してくれています。
三上:少しでも効果が出たら、「よく続けられましたね」と励ましの声かけをしながら進めていくことも大事ですね。
高:ほめることも、必要だと思います。
三上:運動療法の指導は多くの先生方にとって、お悩みのところではないか思います。施設内で実施できないときには、かなり工夫が必要です。1日1万歩歩きましょうと説明を聞いて、実際に1万歩歩行を始める人はなかなかいないと思います。患者さん自身が、自宅で新たに時間を設けて運動に取り組むのは難しいので、生活の中に運動を取り入れる指導をしています。
例えば、ロコトレにある「片脚立ち」について、「テレビでドラマを見るときは、コマーシャルの時間は片脚立ちを行いましょう。」、「朝ドラを見るときは、テーマ曲が流れている間に片脚立ちを行いましょう。」というような方法を紹介しています。また、ご夫婦で診察にみえているときには、「将来、老老介護になると大変でしょうから、お二人で一緒にやってみてください。」などと話をします。患者さんのライフスタイルに合わせて工夫し提案しています。
三上:地域包括ケアの中で、リハビリテーション診療は重要な役割を果たしていくと考えています。そのために、リハビリテーション診療に携わる全ての医師がリハビリテーション医学を学べる場が必要です。平成25年に「京都府リハビリテーション教育センター(https://www.pref.kyoto.jp/rehabili/kyoto-reha-edu-c-top.html)」が設立されました。行政(京都府と京都市)、大学(京都府立医科大学と京都大学)、京都府医師会、私立病院協会などがオール京都体制でリハビリテーション医学・医療の幅広い教育活動を行っており、われわれの教室が実務を担当しています。全国に先駆けた新しい取り組みであり、注目されています。地域の中に溶け込んでリハビリテーション医療の実践・普及の中心にいらっしゃる高先生は、この地域包括ケアにおけるリハビリテーション診療の在り方についてどうお考えでしょうか。
高:リハビリテーション診療の流れとしては、急性期、回復期があって、生活期がありますが、地域包括ケアの中心は、生活期リハビリテーションです。急性期と回復期に関しては、病院に入院した上で行うことがほとんどですが、退院してからは、いかに地域の中で生活期のリハビリテーションを継続していくかがポイントになってきます。
しかしながら、地域包括支援センターや居宅介護支援事業所のケアマネージャーが、介護保険下での通所リハビリテーションか、医療保険下での運動器リハビリテーションか、どこに生活期リハビリテーションをもっていこうか、非常に苦労しています。私が所属する地区医師会である伏見医師会では、2019年度より、京都市からの委託事業として在宅医療・介護連携支援センターが開設され、相談業務や研修会を開催するなどして、地域包括センターと医療機関、介護施設とを繋ぐ取り組みを行っています。ただ、どちらかというと、「看取り」や「認知症」のほうに力が入り、「生活期リハビリテーション」に行く流れは、今一つ悪いと感じています。
三上:これからもっと強化していかなければいけませんね。
高:整形外科を含めリハビリテーション診療をやっている開業医が介護保険下の通所リハビリテーションに手が回っていないのが、滞っている原因の一つかと思います。しかし、2019年4月から要支援・要介護の認定を受けた方は、生活期リハビリテーションでは医療保険で算定できなくなります。従って、今後は通所リハビリテーションもある程度増えていくのではないかと思われます。ただ、介護保険には契約という手間があり、施設基準をクリアする土地、人材の確保、車での搬送などのノウハウをわれわれ開業医が十分理解できないところがあります。このことが開設にあたっての大きな壁となっています。しかしながら、これから開業医の先生方は介護保険にも精通し、介護保険下の通所リハビリテーションに積極的になって地域包括ケアでのリハビリテーション診療をしっかり充実させていくことが大切なことかと思います。
三上:昨今、「リハビリ難民」という言葉を耳にしますが、考えてみれば、急性期、回復期より生活期で過ごす期間が断然長いわけで、生活期でのリハビリテーション医療は非常に重要です。しかし、世界に類を見ない超高齢社会となった我が国で、どのように生活期リハビリテーションに取り組むのか、課題が山積されていると思います。
高:リハビリテーション診療を必要とする人が、自分の足で通院できればいいですが、これだけ高齢化が進むと大抵の人は、いつかは自力では通院できなくなります。昔でしたら家族が連れて来たのでしょうが、現在では独居老人や老老介護の高齢者が増え、通院にも支障が生じている方が多くなってきました。現実的には、通所、または訪問でのリハビリテーションしか方法がなくなってきました。やはり介護保険下のリハビリテーション診療の充実に医療機関も力を入れていかないと、これからは太刀打ちできないと感じています。
三上:それは、医療機関の経営の面からも大事なことになってきますね。
高:今、一番の問題は人材不足ですね。高齢者が増えてきているので、リハビリテーション診療を必要とするニーズは増える一方で、生産年齢がどんどん減ってきています。私の施設でも、理学療法士や介護職員が集まりにくく派遣業者に頼っているのが現状です。また、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設などの施設は増設されているようですが、そこで働く介護職員不足のため、高齢者の入所に支障をきたしているようです。これは日本全体が抱えている問題だと思います。
三上:高齢になっても元気で過ごせるよう考えないといけませんね。
高:そういうことですね。健康寿命の延伸のためにも、最近話題になっている「フレイル」という概念の啓発活動をしつつ、予防のための「ロコトレ」を推進していくことが重要であると考えております。また、運動療法は認知症の予防効果もあるとされています。質問形式でクイズを解きながら自転車を漕ぐ「コグニバイク」という機器があります。認知症を予防するために、認知機能トレーニングと運動療法を同時に行う新しい機器です。
三上:運動器リハビリテーションは、治療だけじゃなく、いろいろな疾病の予防にも重要な役割を果たすことから、これからはリハビリテーションマネジメントがより一層大事になってきます。地域包括ケアの時代といえど、いつまでも元気に過ごすためには、動けるうちから積極的に運動に取り組まないといけないですね。本日は有意義なお話しをありがとうございました。
高:ありがとうございました。
(2019年3月京都市内)
三上靖夫先生、高謙一郎先生からトリガーポイント注射と運動療法をされる先生方へのメッセージです。
トリガーポイントについての基礎的な理解から一般的な治療方法まで幅広い情報を掲載しています。初めて学習される方からご専門の先生まで、是非ご一読いただけますと幸いです。
すぎはら整形外科 杉原 泰洋 先生の手技動画集です。
トリガーポイント注射の対象となる筋肉は非常に多く存在します。治療頻度が特に高い部位、筋肉について解説しています。
トリガーポイント注射に使われる薬液について解説し、トリガーポイント注射の作用機序を説明します。
トリガーポイントに関連するセミナー・講演会の情報を掲載しています。