腰部脊柱管狭窄症
本記事の内容は、信頼性が高いと考えられる各方面の情報を元に記載していますが、医師の診察に代替・優先されるものではありません。患者様の治療に関しては医療機関を受診の上、医師の診断を仰いでいただけますようよろしくお願いします。
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(問診表とレントゲンを見ながら・・・)
どうされましたか?
お尻と太ももの後ろ側に痛みやしびれがあって辛いです。
坐骨神経痛のような症状ですね。レントゲンを見ると背骨の神経が通るスペースが狭くなっていますね。いわゆる腰部脊柱管狭窄症と呼ばれる状態です。
具体的には何が原因ですか?
腰椎椎間板ヘルニアがありますね。
ヘルニアは昔からあるのですが、痛みやしびれはなかったのですが・・・。
症状が出ない腰椎椎間板ヘルニアもありますので、他に原因があるかもしれませんね。何か気になることはありませんか?
お尻の筋肉を押すと痛いです。
確かに、お尻の筋肉にコリがありますね。このコリは「トリガーポイント」と呼ばれて坐骨神経痛のような症状が出ることもありますよ。
今、痛みやしびれを楽にできる方法はありますか?
注射なら即効性が期待できますよ。
どのような注射でしょうか?
トリガーポイント注射という保険診療です。お尻のトリガーポイントに局所麻酔薬と抗炎症薬の入った薬剤を注射してみましょう。
分かりました。よろしくお願いします。
少しチクッとしますよ。・・・。はい、今日は終わりです。
すぐに終わりましたね。
トリガーポイント注射は簡便な治療法ですからね。
腰部脊柱管狭窄症とトリガーポイントは関係があるのですか?
直接的な因果関係はないかもしれませんが、トリガーポイントの痛みを誤解してしまうとよろしくありません。
腰部脊柱管狭窄症について、もっと詳しく知りたいのですが、教えていただけますか。
このページをスクロールしていけば、詳しい解説が書かれていますよ。
腰部脊柱管狭窄症とは
腰部脊柱管狭窄症は、椎間板ヘルニアよりも年齢の高い中高齢者(50代以降)に好発し、加齢とともに有病者数は増加します。脊柱管や椎間孔の狭窄により、脊髄(馬尾)や神経根が圧迫されて坐骨神経痛様の症状が生じます。脊髄(馬尾)や神経根を圧迫する原因は多様であり、様々な疾患や病態が混在して腰部脊柱管狭窄症は発症します。したがって、腰部脊柱管狭窄症を1つの疾患として考えるのではなく、様々な病態が混在した結果生じる一連の症状として捉えることが重要です。腰部脊柱管狭窄症の治療は、自然経過観察も含め、様々な病態に対して多角的にアプローチするものであり、とある画一的な治療法があるというものではありません。
脊柱とは
脊柱(いわゆる背骨)は、脊髄・馬尾・神経根という神経組織を内部に保護しつつ、躯体の支持性と可動性を担います。脊柱は、頚椎、胸椎、腰椎、仙骨および尾骨から構成されます。頚椎は7の椎骨から、胸椎は12の椎骨から、腰椎は5の椎骨から、尾骨は3~5の尾椎から構成されます。仙骨は5の仙椎が一つとなって形成されます。椎骨は基本的には、椎体、椎弓、椎弓根、上・下関節突起および棘突起・横突起から構成されます。
- 脊椎
- 頚椎:7の椎骨
- 胸椎:12の椎骨
- 腰椎:5の椎骨
- 仙骨:5の仙椎
- 尾骨:3~5の尾椎
- 椎骨
- 椎体
- 椎弓
- 椎弓根
- 上関節突起
- 下関節突起
- 棘突起
- 横突起
脊柱管とは
脊柱管は、椎体、椎弓根、上・下関節突起、椎弓によって形成される脊髄が通る空間です。日本人の脊柱管(C4~C6)の平均は、前後径で男性17mm、女性16mmです。脊柱管狭窄症では、脊柱管を取り囲む骨や靭帯の肥厚や椎間板ヘルニアなどにより、径がおよそ75%以下になり脊髄や神経根を圧迫して、脊髄症や神経根症を発症することを言います。次に説明する静的狭窄や動的狭窄により脊髄や神経根を圧迫し症状が出ます。
静的狭窄
静的狭窄は、動きに起因せずに脊柱管に狭窄が生じている状態をいいます。脊柱の退行性変化(老化)により骨性因子と軟部組織が変性します。骨性因子の変性としては、椎弓や椎間関節の肥厚、椎体の骨棘形成が挙げられます。軟部組織の変性としては、椎間板の膨隆や横色靭帯の肥厚が挙げられます。
動的狭窄
椎間の不安定性に起因する脊柱管の狭窄を動的狭窄と言います。
- 頚椎前屈時
- 椎体が前方にずれます。
- 頭側椎弓下縁と尾側椎体上部後方縁により脊髄が圧迫されます。
- 頚椎後屈時
- 椎体が後方にずれます。
- 尾側椎弓上縁と頭側椎体下部後方縁により脊髄が圧迫されます。
腰部脊柱管狭窄症の症状
腰部脊柱管狭窄症では、脊柱管の静的狭窄や動的狭窄により脊髄や神経根が圧迫され、臀部から下肢にかけて痛みやしびれを生じます。この痛みやしびれは、立位や歩行の継続によって出現・増悪し、前屈や座位などの休息により軽快することが特徴で、間欠性跛行(かんけつせいはこう)と呼ばれます。また、狭窄部位によって症状が異なり、馬尾型と神経根型に分類され、両者の症状が出る混合型もあります。
間欠性跛行
間欠性跛行は、ある一定の距離を歩くと、下半身(腰から脚にかけて)に痛み、しびれ、疲労感といった症状が生じ歩行が困難になる症状を言います。この症状は、少し休むと軽快し再び歩けるようになります。間欠性跛行の神経性の原因として脊柱管狭窄症があり、血管性の原因として閉塞性動脈硬化症があります。
- 神経性の原因:脊柱管狭窄症(馬尾型、神経根型、混合型に分けられる)
- 血管性の原因:閉塞性動脈硬化症
脊柱管狭窄症が原因の間欠性跛行の場合、前屈(前かがみ)により脊髄に対する圧迫が減り、症状が緩和します。逆に、後屈(背筋をそらす)により脊髄は圧迫され、症状が増強します。多くの場合、症状は両側性で、臀部から脚全体にかけて現れます。持続的に歩くことは困難になりますが、自転車は問題なく漕ぐことができます。歩く際、手押し車を使うと楽に歩けます。閉塞性動脈硬化症が原因の間欠性跛行と鑑別する必要があります。
閉塞性動脈硬化症が原因の間欠性跛行の場合、糖尿病・脂質異常症・高血圧のような基礎疾患が原因で、動脈硬化が進み、筋肉に十分な血液を送ることができず、症状が発生します。多くの場合、症状は片側性で、ふくらはぎより下に痛みやしびれ、冷感が現れます。脊柱管狭窄症が原因の間欠性跛行と鑑別する必要があります。
間欠性跛行の原因が神経性か血管性かによって根本的な治療法が異なり、神経性の場合は骨格系の是正が必要であり、血管性の場合は生活習慣病を主とする基礎疾患の改善が必要になります。
馬尾型の症状
脊柱管中心部の圧迫による多恨性障害で、臀部から下肢、会陰部にかけて両側性の感覚異常(痛み、しびれ、しめつけ感、冷感・灼熱感)が生じます。重症化すると、膀胱直腸障害(排尿障害・排便障害)が生じます。歩行により症状は悪化します。
神経根型の症状
馬尾神経より分枝した神経根の圧迫による単根性障害で、障害神経根の支配領域に一致して臀部から大腿~下腿にかけて片側性の痛み、しびれが生じます。重症化すると、下肢の筋力低下をきたします。
混合型の症状
馬尾型と神経根型の両方の症状が生じます。
重度症例の目安
軽度から中等度の症例と重度の症例では、自然経過や治療法が異なります。したがって、重度の症例は確実にとらえることが重要になります。重症度の基準は、海外では下肢痛の強度により分類されることが多くありますが、本邦では馬尾型や混合型の症状として直腸膀胱障害(排尿障害・排便障害)や筋力低下が出現すると、重度と診断され、外科的治療が検討されます。
腰部脊柱管狭窄症の自然経過
軽度から中等度の脊柱管狭窄症では、30%~50%の症例において自然経過観察により良好な予後が期待できます。軽度から中等度の症例で神経機能が急激に悪くなることはほとんどありません。急激に症状が悪化する場合は、別の疾患を疑う必要があります。一方で、経過観察中に徐々に症状が悪化し、外科的治療が必要になるケースが30%程度あります。重度では、初めから手術適用になることが多く、自然経過の結論は出ていませんが、重症例の保存療法でも40%程度に症状の改善が認められるという報告があります。なお、重度にもかかわらず自然経過の過観察期間が長くなりすぎると、外科的治療を適用しても十分な効果が得られないことがあります。
腰部脊柱管狭窄症の治療法
腰部脊柱管狭窄症の治療法には、保存療法と外科的治療があります。基本的には、軽度から中等度の症例には保存療法が、重度の症例には外科的治療が適用されます。
保存療法
保存療法には、外科的治療以外の治療法が当てはまります。
薬物療法
痛みやしびれに対して、抗炎症薬、鎮痛薬、血管拡張薬、抗うつ薬、ビタミン剤などが使用されます。
- NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)
- NSAIDsはステロイド骨格を持たない抗炎症薬全般のことを指し、抗炎症作用の結果、鎮痛効果が得られます。
- 筋弛緩薬
- ビタミンB12
- 末梢神経の機能障害の改善を目的に投与されます。
- 経口プロスタグランジンE1製剤
- 血小板凝集抑制作用と血管拡張作用により神経組織への血行を改善し、症状を緩和させます。
- 両下肢のしびれを伴う馬尾型の治療に用いられます。
- 神経障害性疼痛治療剤(プレガバリン、ミロガバリン)
- この薬物は、脊髄後角における痛みのシグナル伝達を抑制するという作用機序で開発されました。
- Ca2+チャネルのα2δサブユニットにくっついて、Ca2+の細胞内流入を抑制し、神経伝達物質の放出、活動電位の発生を抑制します。
- 抗うつ薬
- 三環系抗うつ薬には直接的な鎮痛効果があります。中でも、デュロキセチンは各種疼痛疾患に対する適応があり、鎮痛効果が保険でも認められています。抗うつ作用を期待して投与されるわけではありません。
- トラマドール/アセトアミノフェン
- トラマドールは、オピオイド系鎮痛薬です。オピオイド受容体に直接作用することに加え、セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを抑制することも知られており、下行性疼痛抑制系を賦活化することが知られています。
- アセトアミノフェンは、NSAIDsと異なり抗炎症作用を有しない鎮痛薬です。
- ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤
- ウサギにワクシニアウイルスを皮内接種させることで生じる炎症皮膚から抽出した非蛋白質分画で、明確な有効成分は不明です。
- 最近では、開発会社により多数の有効成分の候補が挙げられており、研究が進められています。
- 安全性が高く鎮痛効果が得られるということで、使いやすい医薬品とされています。
- 本邦でしか販売されていません。
注射療法
主たる注射療法には、トリガーポイント注射や神経ブロックがあります。どちらも脊柱管の狭窄を解除する治療法ではなく、症状をとるために施行されます。腰部脊柱管狭窄症例では、脊柱管の狭窄に加えて筋肉にトリガーポイントを認めることがよくあります。このような場合、症状が脊柱管の狭窄とトリガーポイントの両者により発生しているため、脊柱管狭窄に対する治療と独立してトリガーポイント注射を施行することは、根治療法として有用です。神経ブロックは、痛みを伝える知覚神経を局所麻酔薬でブロックするため、一時的に痛みが治まります。トリガーポイント注射と違い、神経ブロックの場合は局所麻酔薬の作用時間が切れると症状が復活します。
- トリガーポイント注射
- トリガーポイントに起因する症状を根治させることができます。
- 神経ブロック
- 痛みなどの症状を一時的にとることができます。
短期的な効果を目指し、神経根症に対してステロイド注射が施行されることがあります。
- ステロイド注射
- 経椎間孔硬膜外に注射されます。
装具療法
コルセットを装着することにより、痛みの軽減と歩行距離の延長が期待できます。
理学療法・運動療法・リハビリテーション
薬物療法、注射療法と並行して実施されることが多い治療法です。筋肉・靭帯・関節を強化することは悪化の防止に繋がり、歩行距離の延長効果も期待できます。
- 温熱療法
- 低周波治療
- 牽引
- 筋力トレーニング
- ストレッチ
生活指導
腰部脊柱管狭窄症の症状は、背筋を伸ばすことにより悪化し、前かがみになることによって軽減することを患者さんに説明します。そのうえで、自転車、杖および手押し車を使用することを勧めます。自転車は歩行の上位にある移動手段という先入観から、間欠性跛行の患者さん自身は、自転車に乗ることができないと思われているケースがあります。また、日常生活の動きにより症状が出たら、無理をせずに休憩することも重要です。
外科的治療
外科的治療は、重症例に適用されます。原則として、初期治療は保存療法ですが、2~3ヶ月間の保存療法で症状が改善しない場合、症状の進行が認められる場合、下肢の筋力低下や膀胱直腸障害(排尿障害・排便障害)を認める場合は外科的治療が推奨されます。大きく分けて、除圧術と固定術があります。外科的治療の長期成績は、4~5年の経過で70%~80%において良好な結果が得られています。罹病期間が長いと、術後の改善度が落ちることが知られており、注意が必要です。なお、手術をしても、安静時の症状は、歩行時の症状よりも改善しにくいとされており、下肢のしびれは術後も残りやすい症状の一つです。
- 除圧術
- 神経を圧迫している周辺組織を除去します。
- 患部が2ヶ所までであれば、身体的負担の少ない内視鏡手術が選択されます。
- 固定術
- 動的な不安定性が認められる場合に選択され、金具により腰痛を固定します。
- 従来は、腰部を大きく切開する手法が主流でしたが、今は内視鏡下でも実施可能になり、身体的な負担は軽減されています。
脊柱管狭窄症の予防法
- 正しい姿勢
- 適度な運動
- 筋力強化
- 禁煙
脊柱管狭窄症の予防法としては、正しい姿勢で日常生活を送ることと、適度に体を動かし、筋力をつけることが重要です。適度な運動の良い例として、エアロバイクがあります。エアロバイクは、脊柱管狭窄症の症状と相性が良いですし、膝への負担も少ない運動です。
喫煙は、脊柱管の構成因子の変性を促し、老化を促進させます。禁煙が賢明です。